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年々歳々。
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vanitas

ある日、
物音に振り返ると
庭から拝借した花がいた。

静まりかえった部屋に
落ちた花弁。
柔らかくなった西日に照らされて


人は死を恐れ、忌み嫌う。
まして其れを連想させるものを避ける。

かつて
花の枯れ姿までを描いた男がいた。
 
筧 忠治。

気象台に勤め
自然を観つめ続けた男。

高齢まで生きたが
最後まで一貫した姿
愚直な画家であったという。

彼が挫折の中
取組んだのは静物画であった。

刻々と変化する姿
時の流れを追いかけた筆跡。

枯れて
腐って
朽ちて
消えようと

 
西洋のvanitasでなく
東洋の生きる命

天寿を全うし
駆け抜けた一瞬

 
 
最後の
最期まで。


    

 

筧 忠治 1908~2004
数回公募展に出展するのみで殆ど世に発表する事なくアマチュアを貫いた。
作品は頑として売る事はなかったという。存命中、歌舞伎役者 坂東玉三郎氏は自画像に感銘を受け、押し問答の末、手に入れたという逸話が残る。
愛知県美術館、刈谷市美術館、一宮市博物館収蔵

(私見ではあるが)17世紀オランダで華やいだ静物画の頂点を目指し、極東の或る男によって愚直に体現された絵は現代日本の隅に生きる私に驚きと共感を与える。
(Jan Brueghel the Elder、Ambrosius BosschaertやWillem van Aelstなど)

器:琉球 荒焼徳利
# by otenkidaifuku | 2011-11-30 18:20 | 骨董 | Trackback | Comments(2)
ひぐらし。


蜩のなく頃。
 
店を出ると
生暖かい風が
重い気持ちにさせる。

見上げた紺碧の空には
天高く純白の入道雲が広がっていた。

 
盆を迎えた灰色の商店街
味気ないシャッターが続いている。

沈んだ空気に
足もとの草履だけが
嬉しそうに響いていた。

家では、頂き物の"葛きり"が待っている。
偶然、開いていた骨董屋で手招きしていた器。

2つの出会いは必然。
 
 
にやけた肩に
ツンツンと雨粒。

振り返れば鉛雲。
重い轟が追いかけてきた。

自然と歩幅も大きくなる。

のんきに騒ぐ女子の群れを追い越し、
ひと気のない古びた銀行の軒先へ飛び込んだ。

階段に腰をおろすと
稲光と瀧のような音で
外は真っ白になった。
  

 
やがて穏やかな雨音が
雨上がりを予感させた。

外をのぞくと
黄色い声は跡形もなく
路上に落ちたアイスクリームが
雨にうたれていた


 
器:伊万里 碗
# by otenkidaifuku | 2011-08-18 18:26 | 骨董 | Trackback | Comments(3)
東京出張。

下町のアスファルトに
しみるような蝉の声。

額の汗を拭いながら
来た道を戻る男。

東京出張の仕事を終え、
帰る間際になって
やはり気になっていた店を探している。
 
たかがラーメン屋。

頭の中で地図を回転しながら
立ち止まり、彷徨う。

あきらめかけた頃、
ふと場違いなところにポツリと暖簾が見えた。
 
ここだ。


店に入るが、ひと気はない。

もう一度、声を掛けた。

すると
奥から女将が独り。
 
支度を始める横顔に注文をする。
私が夕方最初の客であったらしい。

黙々と手を動かす女将に声を掛けた。
『この店は、いつ頃からあるのですか』

はじめて合わせた目は優しかった。

聞けば
戦後に子供を抱え、女手ひとつで
支那そば屋を始めたという。

御歳八十九。

やがて、
下町の四方山話に華が咲いた。

さてと注文を聞かれ、伝えた。
やはり聞こえていなかったらしい。

無駄のない、慣れた手つきで仕上げる女将。
これまで、どれだけ作ってきたのか。
果てしない時の流れを感じさせる。

出された1杯の支那そば。
何の変哲もない。
ごく、ごくありふれた姿。

ひとくち頂く。
素朴な何ともない味。

なんともない。

でも沁みるような、
何故か目頭が熱くなる。

普段、いかに騒がしい味に囲まれている事か

黙々とすする私に
『昔はよく売れたょ』と笑顔。

たかがラーメン。

澄んだ底に
人の一生がある。

戦争、高度成長、バブル、震災。
それから、今。


暫し女将と話をした後、支払いを済ませた。

振り返るとテレビから広島の光景が流れてきた。
平和式典では代表者が震災について述べていた。
66年目の夏。

閉めたガラス戸越しに
女将の笑顔が私を送り出してくれた。

時は流れども
変わらぬものがあって良いと思う。


今は静かになった下町に
走り回るやんちゃくれの声が聞こえた気がした。
 
# by otenkidaifuku | 2011-08-11 18:58 | Trackback | Comments(2)
夏宵。


蒸した夜。
蝉は眠らない。
 
ひと気のなくなった広間に
かすかに残る宴の余韻

 
ふと
耳を澄ませば
遠く雷が鳴っている

新たな蝉
また慣れぬ音が加わった

 
深まる闇に
風を求めて
寝返りをうつ 
 
 
やがて隣家の風鈴が揺れ
つかの間の静けさが広がった

 
草木の香りが
雨音に誘われ
肩を撫でた
 
 



器:鶏龍山 徳利
 
# by otenkidaifuku | 2011-08-01 11:27 | 酒器 | Trackback | Comments(0)
夏。


朝。
光に慣れぬ目をひそめ雨戸を開けた。

宵風が頬をぬけ、蟲の音が漂う。

素足のまま、庭に出て一輪拝借。
  
雨露を落とさぬように
 
 



器:ストーンウェア
 
# by otenkidaifuku | 2011-07-27 20:51 | 骨董 | Trackback | Comments(0)
山田山庵 黒茶碗ニテ喫ス。
特筆すべきは、
軽さと高台の小ささが挙げられるだろう。
同系統の作品として『破衣』がある。

黒茶碗 銘 老松 山田山庵造 
盟友所持


 
前夜。
箱から出すと軽さに驚かされる。
おおぶりな印象とは異なり、
造り手の心が楽しみで胸が躍る。 

手筈を整え、潤んだ茶碗は
ほど良い重さとなっていた。
まさに”目覚め”という表現が相応しい。
 
茶を入れ、湯をそそぐ。
 
腰から高台脇へと指先がすうと入り、
重心が安定しているため、たてやすい。
  
手取りは、すこぶる心地好い。
掌で茶をすくっているようだ。

玄々とした中に
茶の緑が冴えて美しい。

思いのほか口あたりは穏やかである。 
潔く削ぎ落とされた口縁は、
微妙に角がとれ適度な厚みをもっている。

吸いきり一息つく。

高台は小さく愛らしい。
しかもグッと締まり、
高麗茶碗を彷彿とさせる。

側面は明らかに”割れ”を意識しており、光悦風。
黒薬は、微妙な変化をみせ多彩で飽きない。

口縁の釉下からは黒々とした土がみえ
鉄味にも似た独特の肌を醸し出している。

喫した後の姿は
堂々たる大樹を思わせる。

姿形は異なれど、
かつて長次郎で一服頂いた時と同じような印象である。

山庵の茶碗造りは
長次郎へ傾倒した事に始まるという。

この茶碗は、
長次郎、楽家、光悦、高麗茶碗、国焼云々と
一巡して辿り着いた姿かもしれない。
 
# by otenkidaifuku | 2011-04-12 16:15 | | Trackback | Comments(4)
ふくら雀。

 
師走の頃、
枯れた姿に我をかさね
ふと掌につつめば
愛らしさに頬がゆるむ。
 
「ふくら雀」のような
古瀬戸の水滴。
 
 
 さて。

年の瀬は近い
  
# by otenkidaifuku | 2010-12-11 09:38 | 骨董 | Trackback | Comments(0)
山田山庵 柿蔕茶碗


何ともない茶碗である。

凝った桐箱に
『柿乃辺多風茶碗』としているのは山庵らしい。
あくまで雑多な柿の蔕茶碗“風”という事か

“写し”ではない。
“風”である。
 
伝え聞くに、山庵は楽茶碗においても
“光悦写し”といわれる事を嫌ったという。

昭和45年、
東京 壷中居にて高麗茶碗展を行っているが、
その頃に焼かれた数椀の内と思われる。

たとえ山庵を知る人であったとしても、
初見で、この茶碗を欲しがる人は少ないかもしれない。
 
 
しかし、この茶碗。

茶をたてると
むくむくと頭角を現す。
 
枯れた土肌は緋色を増し
茶の緑が冴えわたる。

広く深い見込みをのぞみ
高台も山庵らしい。
 
高麗茶碗は“何ともないもの”
しかし非凡な存在は、魅了してやまない。
 
この茶碗は、
おそらくソコを目指しているようだ。

H氏がかつて綴った
山庵の高麗茶碗へ対する記述は興味深い。

近年、多くの作り手が
姿かたち、土味や釉薬の再現にとらわれ、
全体の雰囲気や間合い、心を求める者は少ない。
 
喧噪を離れ日々研鑽した山庵の姿が垣間みえる
そんな茶碗である。
 
在りし日の茶席にて
主茶碗に隠れるように添えられた一碗。
 
亭主の遊び心が今も残る。

 



割愛して頂いた店主、
連絡をくれた同志に
この場をかりて感謝する

=追記=2011.8.11

高麗風の茶碗

高麗茶碗。支那茶碗と割然と分離した高麗茶碗。私の貧弱な茶歴、骨董趣味から高麗茶碗は高麗人としての民芸の極致として、私の脳裡に深く刻まれております。勿論 日本人としての私には到底及ばないことと覚悟しておりますが何とか その雰囲気を出したいと 大それたことを考えて 今回展覧にふみ切りました。
柿の蔕風のものを主として、それに ととや風のもの、そば風のもの等 全くへんな展覧でお目を汚すことと思いますが、是非キタンのない御批判を頂ければ幸甚でございます。 山田山庵

昭和45年10月28日(水)から31日(土)
午前9時〜午后6時 於 壷中居
高麗風 山田山庵茶碗展 より
※行間、文字使いママ。 
 
# by otenkidaifuku | 2010-11-06 18:41 | | Trackback | Comments(7)
鎬盃。
  

すっかり秋らしくなっても
まだ冷酒が恋しい。
  
『野分たちて
にはかに肌寒き夕暮れの程...

夕月夜のをかしき程に
いだしたてさせ給ひて
やがてながめおはします』
  
などと思い出しながら
やつれた盃で独酌。



器:伊万里 鎬盃
# by otenkidaifuku | 2009-10-07 23:45 | 酒器 | Trackback | Comments(25)
つり灯籠。

秋風と蟲の音。
 
それから
秋の味覚に舌鼓。





# by otenkidaifuku | 2009-10-05 22:31 | 骨董 | Trackback | Comments(0)
山田山庵 赤茶碗
 

山田山庵 赤茶碗
 
見込みにはムラムラと雨雲のような窯変が広がり、
銘のとおり『白雨』を思わせます
 
丸碗というよりは四方に成形され
高台は光悦『雪峯』風
石竹色とも薄紅色とも思える
淡く独特の発色を呈しており
山庵の多彩な作風を偲ばせます

私見ですが
昭和40年代頃か
円熟期へと移行する数少ないタイプと思われます 
 
# by otenkidaifuku | 2009-09-21 23:14 | | Trackback | Comments(4)
盆を迎えて。


いわずとも
今日は特別な日です。
 
今回の写真。
数年前に恩師と友人らで訪ねた
『花瀬望比公園』の海岸で拾った石です。


夏日の涼風を感じながら
舗装された道から離れ田畑をぬけ、
さらに灯籠に導かれながら松林をぬけると
紺碧の空と静かな碑が僕らを待っていました
 
『比島戦没者慰霊碑』
掃き清められた空間は神社にも似た澄んだ風が流れ
碑を前に熱いもので胸が一杯となり
言い難い気持ちに思わず溜息がもれました
  
亡くなった祖父から聞いた話、
身近な方達から伺った事
沖縄、長崎や知覧などの資料館で得た事など...
この石を見る度に思い出します
   
世の幸せと平穏
未来に希望がありますように
 
 
『花瀬望比公園』
http://www.asahi-net.or.jp/~un3k-mn/rengo-hibou.htm

=追伸=
現在、山庵の茶碗を直しに出しています
戻り次第、御報告する予定です
 
# by otenkidaifuku | 2009-08-15 17:40 | Trackback | Comments(2)
山田山庵 黒茶碗

喧噪からのがれ
ただ茶を喫する。

最後の一滴を吸いきると
洪荒とした空間が広がり
深い静寂で満たされる
 
碗を介して
我を振り返る。

なんと至らぬ事か

そう思い碗をかえせば
自由かつ力強い高台がある。
 
苦あればこそ...
はたと肩が軽くなった

作り手にも
同じような気持ちがあったのだろうか
 
この碗のように
厳しい優しさが伝わってくると
こちらも自然と嬉しくなる。





=山田山庵 略歴=
明治38年-平成7年(1906-1995)
※1997とも聞いています
栃木県生まれ。実業家。

-昭和9年(1934)
中村道年(名古屋)の窯場を訪問、
茶碗づくりに魅せられ、楽茶碗づくりを始める。
とくに長次郎の楽茶碗に傾倒する。
戦後より光悦風の茶碗を作り始める。

-昭和34年(1959)
東京日本橋壺中居にて初めての個展を行う。
その後、
不定期に数回個展を開くが
作品を売る事は殆ど無く、
売り上げは寄付されたといわれている。

-昭和63年(1988)
再び東京日本橋壺中居にて
個展『自選 楽茶碗』を行うが、
生前最後の企画展となる。
 
山田山庵は、
陶芸家ではなく実業家の数寄者であった為に知る人ぞ知る存在です。
関連書籍として晩年に出された私家版 『自選 楽茶碗』があり、寄稿には松永耳庵をはじめ各界の著名人が名を連ね、その人柄を偲ばせます。しかし作家ではない故に氏に関する資料は少なく、その全容は未だ知れません。また、日々手すさびに興じたとされますが、世に残すは数百に1つあるかないかであったそうです。氏の作品は安易に人手に渡る事も無く、ごく限られた範囲で出回ったにすぎなようです。
 
私は氏を私淑してやまず、
この場に公開する事で少しでも反響がある事を願います。
# by otenkidaifuku | 2009-07-01 10:00 | | Trackback | Comments(13)
パナリ。

パナリの壷
沖縄八重山諸島で焼かれた土器で、
島をパナリ(方言で「離れ」という意味)
と称することからきているそうです。
大きさは、小さめのスイカくらい。
日本民藝館にも兄弟がいます...
 
高校生の頃、好事家のお宅へ伺った際
玄関で花の生けられたパナリの壷に魅せられ
我を忘れてその場に立ちすくんでしまいました。
 
それ以来、方々で探してみるも
出会う事無く歳月ばかりが過ぎ、忘れかけた頃。
新潟でフラリと入った骨董店の片隅に眠っていました。
 
今では我家で『のほほん』と寝そべっています。 
パナリに初めて出会ったあの日、
何処に惹かれたのか理屈なんて忘れてしまったけれど
   
# by otenkidaifuku | 2009-05-25 12:57 | 骨董 | Trackback | Comments(2)
はじめまして
はじめまして
とあるブログに書込みたくて始めてしまいました。
まだテストブログです◎
ご迷惑を御掛けするかと思いますが、宜しくお願い致します
# by otenkidaifuku | 2009-05-12 16:36 | | Trackback(1) | Comments(19)
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