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年々歳々。

hareotenki.exblog.jp

山田山庵 に関して

匿名希望様をはじめ、山田山庵に関する御質問を頂き有難う御座います。

このように反響があることを心より嬉しく思っております。コメント欄に書き込ませて頂こうかと思っておりましたが、複数の方へ短文でお応えするよりは投稿欄の方が適しているかと思い書き込ませて頂きました。

市場価値に関して、
私は業者ではなく素人であるため、何とも申し上げられません。そもそも市場に出ている事が本当に稀なのです。まして物故の造り手による作品は、一度個人の蔵するところとなりますと、市場に再び現れることは殆どありません。一般的陶芸家さんのように作品等に関する資料が少なく、私の知る限り、現在は業者さんの仕入れ等から提示した値と、それを納得した客との遣り取りで納まるという、手探りというのか特殊な状況だと思います...

これでは御応えにならないかと思います。以下は、書くほどに私の気持ちから離れ残念ですが、個人的意見として述べさせて頂きたいと思います。まことに身勝手な内容かと思いますが、どうぞ御許し下さい。

山田山庵のように
一般には知られていない造り手の作品が取引されるのは、需要と供給の関係だけではなく、既成概念にとらわれない、数寄者や芯から好きな方々に良き理解者がおられるためのようです。宗達と光悦に始まる琳派は、家系ではなく私淑による断続的な"継承"となり国や時代を超えて影響を与え続け、現代においても多くの賞賛を得ています。山庵自身も実業家という重責を果たしながら光悦へ私淑し、土を介して対自していたようです。この生み出された作品がもつ自由な心意気は数寄者の枠を超えて、多くの人を惹きつけてやみません。多難な時を経た現代においても山庵の茶碗が求められるようになったのは"世間の常識"に囚われることなく愚直に徹した姿が共感を誘うのかも知れません。これ迄、私が山庵の茶碗を所蔵されている方にお会いしたところ、茶道関係者に限らず、その全てが目利きとして知られる方でした。しかし所蔵されている方でさえ断片的に山庵を知る状況に驚かされます。むしろ山庵をよく知らずとも、偶然の縁があり1点納まっている場合が多いようです。ある方は山庵の茶碗と出会い、付けられていた値に驚きつつも、その魅力が見捨てがたく座辺にて使われておられました。かの松永耳庵も老欅荘では山庵の茶碗を座辺に、茶を楽しんでいたといわれています。作品集には耳庵による寄稿文や合作、書付などが載せられており、その深い交流が偲ばれます。しかし、それほどの存在でありながら広く知られていないのは何故なのでしょうか。

その理由として山田山庵は
陶芸家ではなく数寄者であったため、これまで現代陶芸コレクターさん達や一般に知られる機会が少なかった状況があるかも知れません。(Web情報においても山庵に関しては少なく、私が拙ブログへ書かせて頂く切掛となっております。)さらに日々手すさびに興じていたにも関わらず、世に出される数が極端に少ない事や、生前に販売されなかったために、市場へ流通する事が殆どなかった状況もあるかと思います。極稀に山庵と直接ご縁のあった方が所蔵されている場合があります。これは山庵の思いとともに、作品を大切に使いこなす事ができる人物の所望に応じ贈られたようです。このように作品を受け継いでおられる方の中には、茶道具として使われておられ、それらの道具をあえて一般に公開する機会が少ない事も理由のひとつかと思います。私の知る狭い範囲から予想することですが、作品群は、おそらく散逸し個人蔵として多くとも数点納まっているような状態で、まとまって数を集め、回顧展を行うことは困難かと思われます。勿論、私の知らない所でまとまって残っていることは十分考えられることだと思います。しかし、この様な状況下においても数少ない山庵の茶碗に出会った方、松永耳庵翁、田山方南氏、小山冨士夫氏や林屋晴三氏をはじめ数々の著名人に纏わる話や興味深い記述が残っています。偶然これらを見聞きした好事家の中には、一度掌で観てみたい使ってみたいと記憶の片隅に名が残り、長く気にされておられた方もみえましたが、未だ叶わずといった状況にあるようです。

数寄者として
山庵が所蔵していたといわれる光悦"くいちがゐ"をはじめ、所持していた御道具は、美術館級の格調高い品から玄人好みの洒脱かつ粋な物まで、流儀にとらわれない広い鑑識眼が偲ばれます("愛蔵辯あり"というコラムに残っています)。そのような世界に興じた数寄者の"手すさび"は、とても厳しい物であったようです。森川如春庵という数寄者は気に入らない自分の作品を陶片として残ることすら嫌い、粉々に打ち砕いたとさえいわれています。山庵にもそのような厳しさがあったと想像されます。また現代においても本阿弥光悦へ私淑する方は多く、己に厳しく人知れず光悦を理解せんとした山庵の姿は、茶碗における琳派とはいえなくとも、身近に感じ1つは手元で楽しみたいと思わせるのかも知れません。茶碗を造ることによる富と名声を求めず、苦しみではなく楽しみ、愚徹に精進する姿勢から生まれる作品は、近現代の陶芸史においても異端の存在に挙げられると思います。古くから知る人ぞ知る山庵の茶碗は、個人的な楽しみだけでなく、同好の方へお出しする際の話題作りとして良い道具といえるかも知れません。この"知る人ぞ知る"存在である事で、私でもまだ手に入れる機会があり、山庵の名が知られてゆく事をよく思われない方もみえるかと思います。しかし、いま世代交代の時代において思わぬところから流出することがあり、次世代へ大切に受け継がれていく事を願ってやみません。

山庵自身も
訪ねて来た客に自作の茶碗で気軽にもてなす事があったようで("愛蔵辯あり"より)使うほどに魅力が増していく事も特徴です。"使う"ことには様々な考えがあるかと思いますが、実際に使い込まれ傷を繕われた赤楽碗を拝見した際、その圧倒的存在に唖然としました。その茶碗は残念ながら既に売約となっておりましたが、山庵を知らない方も興味津々でという嬉しい光景でした。山庵自身も窯傷、割れを蒔絵で繕い、また理解ある方が繕われた傷は景色となり、茶碗における琳派の系譜を受け継いでいるとは言い過ぎかもしれませんが、時と窯の幸に恵まれた作品は不思議な魅力で溢れています。

赤茶碗と黒茶碗に関して
華やかで雅味ある赤に人気があるようですが、拙ブログにて苫屋様が仰られていたように黒茶碗に出会える機会は少なく、赤と比べると数が少ないようです。山庵自身も黒は難しいと言っていたと伝え聞いております。これは技術的な事だけではなく、百に1つ残すかどうか、という山庵の姿勢において黒は非常に希少で、かつ吟味された内容の深い作品が多いようです。また赤と黒の楽茶碗だけでなく、白楽、他に高麗、志野や唐津といった轆轤を使った作品群もあり、派手さを抑えた山庵なりの解釈が織り込まれています。楽茶碗には、光悦のように強烈な個性を放つ作品がある一方で、大人しく落ち着き端正な作品があります。あまり我の強い茶碗は取り合わせをしにくい場合があり、あえて無垢な茶碗を用いることで他の道具を引き立て亭主とも調和します。このような作品は、高麗茶碗など深い精神性を追求した1970年代以降の作品に多くみられ、渋く味わい深い作品となっています。このように間合いや作品に幅を持たせているところも異端といえるかもしれません。山庵の作品は、元来茶人の手による道具として造られていますので、時季、志向設え等、様々な要素を念頭において造詣を施していた様です。赤と黒というカテゴリだけでなく、どのようなタイプを選ばれるかは、求められる方の好みに加えて目的や用途を合わせて選択されると良いと思います。

また山庵の作品の殆どが茶碗です。
本人も自分の作品を使い込み、試行錯誤を続けていたようです。数限りなく造り続けた故に焼きと釉調は当然のことながら、掌に落ち着く重さから軽妙なもの重厚なもの、大きさ深さ、口造りから高台細部に至るまで変幻自在に遊んでいます。さらに、その中から選び抜かれ残った作品は、当然2つとして同じものはなく、写真や姿、表面的に観るだけでは、その面白みは味わい尽くせていないと思います。特殊な場合を除き、多くが山庵により銘を書付ています。その銘を紐解き時季を模索しつつ用いることで、一層魅力が増し奥床しい存在となります。このように、使うことを前提とされているため、使ってみると見た目では分からない茶碗ならではの楽しさが沢山散りばめられ、隠れているのも魅力の1つかと思います。よって安易に出来不出来を判断し、値を評価する事は非常に困難かと思われます。それらをどの様に感じ楽しむかは、受け手側の感性でも有り、これは座辺で楽しまれる方の特権です。

御質問にありましたが、
傷は窯傷であったり、意図的である場合があり、(後で判る事が多いのですが)繕いは山庵が送り出す時点で施されていることがあるようです。傷があるということで、お値打ちに求める事が出来るかもしれません。私は偶然にも良い御道具屋さん、業者さん、それから同志と山庵を通じての御縁に恵まれ、感謝致しております。皆様にも良き御縁があることを心より御祈り致しております


参考文献:
・現代の名碗 黒田陶々庵著 1968
・茶碗と私 小森松菴, 田山方南, 黒田陶々菴 1968
・現代の陶芸 第7巻 1976(講談社)
・現代日本の陶芸 第10巻「現代の茶陶」1983(講談社)
・私家版 『自選 楽茶碗』ほか




物数を究めて、
工夫を尽して後、
花の失せぬ所をば知るべし。
       「風姿花伝」

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# by otenkidaifuku | 2014-07-11 22:38 |

雲海。

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ある夜
いつもの輩が集った

やがて酒が入り
四方山話から登山の噺になった

富士、アルプス、蒙古の山など
国内外を問わず様々な山が話題となった
多難な時を過ごした輩たちの話は尽きない


ある男が酔いにまかせて
今も骨董の山を登っているのだ、と
自嘲気味に言った


唐突な発言に
一同は笑って過ごした



しかし今
この場にいる誰もが“頂”を目指し
日々身悶えしていた


難所は絶壁だけでなく
天候にも左右される
時、金、家族…
滑落する者も多いという

ときに難所が近道だったと
後に気付いた事もあった


皆のルートは様々で装備も多彩だ
全体の調和、断章に凝る者、節操のない者…
御道具、書、酒器、宗教美術、絵画、考古…
挙げていくとキリがない


身の丈にあった獣道もあるのだろう
私は少々背伸びをしているようだが
道で遭う人達は魅力的だ


霞んだ頂上は見えないが
皆の目指す絶巓は近そうだ

いゃ、アイツは隣の山かもしれない


山頂から眺める星
見下ろす光景は想像すら出来ない



緩んで静かになった
見慣れた横顔たち

いま、この場は休息小屋らしい



今 宵偲ぶ人も
今 頃は雲上の頂で
我 らを肴に
盃 を交わしている頃だろう




空 は綺麗ですか







器:ローマングラス 泪壷
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# by otenkidaifuku | 2013-09-10 23:12 | 骨董

おでん。

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澄んだ空
風に舞う
庭の梅花


底冷えする部屋には
具材が持ち寄る旨味が似合う


かかえた手土産
噂を聞きつけて


飲如長鯨吸百川  
銜杯樂聖稱避賢


早くなった宵明け
寒さが名残惜しい





器:唐津 皮鯨
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# by otenkidaifuku | 2013-03-12 19:19 | 酒器

残暑。

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待ちきれず
一升瓶からそそぐ


火照った肌を労るために



酒:義侠
盃:唐津 斑
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# by otenkidaifuku | 2012-09-13 00:37 | 酒器

山田山庵 赤茶碗

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恭しく出された碗。

ふわりと白い
絹の布団に包まれている。
箱には昭和四三年九月と年記がある。

淡い紅。
これまで見た中では、
やや背が高く大ぶりな印象だ。

故に見込みは深い。

銘 芙蓉峯
つまり富士山をいう。

また芙蓉は、
蓮の美称でもある。

名のとおり花を思わせ、
かつ山のようでもある


山庵は生涯一度だけ
名古屋にて個展を行なっている。

茶碗造りに目覚めたのは、この地であった。

帝都以外では唯一であり、
この地で作品を披露するというのは
己にとって特別であったと想像する。


後日談であるが
茶碗の前所有者は
以前より懇意にして頂いている方
この個展を企画した人物でもあった。
 
この茶碗は、その個展で割愛を乞うたという。
一箇所ある直しは元よりあり
嫁入りが決まってからが大変であったという。
 
箱や紐などの"設え"から始まり、
プロのカメラマンに依頼して
あらゆる角度から撮影がなされたという。
 
1つ1つの作品に対する愛着、
むしろ執念を物語るエピソードともいえよう
 
 
1つの碗に込められた思いは
知る由もなく、果てしない。
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# by otenkidaifuku | 2012-09-12 18:52 |

vanitas

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ある日、
物音に振り返ると
庭から拝借した花がいた。

静まりかえった部屋に
落ちた花弁。
柔らかくなった西日に照らされて


人は死を恐れ、忌み嫌う。
まして其れを連想させるものを避ける。

かつて
花の枯れ姿までを描いた男がいた。
 
筧 忠治。

気象台に勤め
自然を観つめ続けた男。

高齢まで生きたが
最後まで一貫した姿
愚直な画家であったという。

彼が挫折の中
取組んだのは静物画であった。

刻々と変化する姿
時の流れを追いかけた筆跡。

枯れて
腐って
朽ちて
消えようと

 
西洋のvanitasでなく
東洋の生きる命

天寿を全うし
駆け抜けた一瞬

 
 
最後の
最期まで。


    

 

筧 忠治 1908~2004
数回公募展に出展するのみで殆ど世に発表する事なくアマチュアを貫いた。
作品は頑として売る事はなかったという。存命中、歌舞伎役者 坂東玉三郎氏は自画像に感銘を受け、押し問答の末、手に入れたという逸話が残る。
愛知県美術館、刈谷市美術館、一宮市博物館収蔵

(私見ではあるが)17世紀オランダで華やいだ静物画の頂点を目指し、極東の或る男によって愚直に体現された絵は現代日本の隅に生きる私に驚きと共感を与える。
(Jan Brueghel the Elder、Ambrosius BosschaertやWillem van Aelstなど)

器:琉球 荒焼徳利
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# by otenkidaifuku | 2011-11-30 18:20 | 骨董

ひぐらし。

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蜩のなく頃。
 
店を出ると
生暖かい風が
重い気持ちにさせる。

見上げた紺碧の空には
天高く純白の入道雲が広がっていた。

 
盆を迎えた灰色の商店街
味気ないシャッターが続いている。

沈んだ空気に
足もとの草履だけが
嬉しそうに響いていた。

家では、頂き物の"葛きり"が待っている。

偶然、開いていた骨董屋
店先で手招きしていた懐の器。

2つの出会いは必然。
 
 
にやけた肩に
ツンツンと雨粒。

振り返れば鉛雲。
重い轟が追いかけてきた。

自然と歩幅も大きくなる。

のんきに騒ぐ女子の群れを追い越し、
ひと気のない古びた銀行の軒先へ飛び込んだ。

階段に腰をおろすと
稲光と瀧のような音で
外は真っ白になった。
  

 
やがて穏やかな雨音が
雨上がりを予感させた。

外をのぞくと
黄色い声は跡形もなく
路上に落ちたアイスクリームが
雨にうたれていた


 
器:伊万里 碗
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# by otenkidaifuku | 2011-08-18 18:26 | 骨董

東京出張。

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下町のアスファルトに
しみるような蝉の声。

額の汗を拭いながら
来た道を戻る男。

東京出張の仕事を終え、
帰る間際になって
やはり気になっていた店を探している。
 
たかがラーメン屋。

頭の中で地図を回転しながら
立ち止まり、彷徨う。

あきらめかけた頃、
ふと場違いなところにポツリと暖簾が見えた。
 
ここだ。


店に入るが、ひと気はない。

もう一度、声を掛けた。

すると
奥から女将が独り。
 
支度を始める横顔に注文をする。
私が夕方最初の客であったらしい。

黙々と手を動かす女将に声を掛けた。
『この店は、いつ頃からあるのですか』

はじめて合わせた目は優しかった。

聞けば
戦後に子供を抱え、女手ひとつで
支那そば屋を始めたという。

御歳八十九。

やがて、
下町の四方山話に華が咲いた。

さてと注文を聞かれ、伝えた。
やはり聞こえていなかったらしい。

無駄のない、慣れた手つきで仕上げる女将。
これまで、どれだけ作ってきたのか。
果てしない時の流れを感じさせる。

出された1杯の支那そば。
何の変哲もない。
ごく、ごくありふれた姿。

ひとくち頂く。
素朴な何ともない味。

なんともない。

でも沁みるような、
何故か目頭が熱くなる。

普段、いかに騒がしい味に囲まれている事か

黙々とすする私に
『昔はよく売れたょ』と笑顔。

たかがラーメン。

澄んだ底に
人の一生がある。

戦争、高度成長、バブル、震災。
それから、今。


暫し女将と話をした後、支払いを済ませた。

振り返るとテレビから広島の光景が流れてきた。
平和式典では代表者が震災について述べていた。
66年目の夏。

閉めたガラス戸越しに
女将の笑顔が私を送り出してくれた。

時は流れども
変わらぬものがあって良いと思う。


今は静かになった下町に
走り回るやんちゃくれの声が聞こえた気がした。
 
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# by otenkidaifuku | 2011-08-11 18:58

夏宵。

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蒸した夜。
蝉は眠らない。
 
ひと気のなくなった広間に
かすかに残る宴の余韻

 
ふと
耳を澄ませば
遠くで雷が鳴っている

新たな蝉
また慣れぬ音が加わった

 
深まる闇に
風を求めて
寝返りをうつ 
 
 
やがて隣家の風鈴が揺れ
つかの間の静けさが広がった

 
草木の香りが
雨音に誘われ
肩を撫でた
 
 



器:鶏龍山 徳利
 
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# by otenkidaifuku | 2011-08-01 11:27 | 酒器

夏。

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朝。
光に慣れぬ目をひそめ雨戸を開けた。

宵風が頬をぬけ、蟲の音が漂う。

素足のまま、庭に出て一輪拝借。
  
雨露を落とさぬように
 
 



器:ストーンウェア
 
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# by otenkidaifuku | 2011-07-27 20:51 | 骨董

山田山庵 黒茶碗ニテ喫ス。

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特筆すべきは、
軽さと高台の小ささが挙げられるだろう。
同系統の作品として『破衣』がある。

黒茶碗 銘 老松 山田山庵造 
盟友所持


 
前夜。
箱から出すと軽さに驚かされる。
おおぶりな印象とは異なり、
造り手の心が楽しみで胸が躍る。 

手筈を整え、潤んだ茶碗は
ほど良い重さとなっていた。
まさに”目覚め”という表現が相応しい。
 
茶を入れ、湯をそそぐ。
 
腰から高台脇へと指先がすうと入り、
重心が安定しているため、たてやすい。
  
手取りは、すこぶる心地好い。
掌で茶をすくっているようだ。

玄々とした中に
茶の緑が冴えて美しい。

思いのほか口あたりは穏やかである。 
潔く削ぎ落とされた口縁は、
微妙に角がとれ適度な厚みをもっている。

吸いきり一息つく。

高台は小さく愛らしい。
しかもグッと締まり、
高麗茶碗を彷彿とさせる。

側面は明らかに”割れ”を意識しており、光悦風。
黒薬は、微妙な変化をみせ多彩で飽きない。

口縁の釉下からは黒々とした土がみえ
鉄味にも似た独特の肌を醸し出している。

喫した後の姿は
堂々たる大樹を思わせる。

姿形は異なれど、
かつて長次郎で一服頂いた時と同じような印象である。

山庵の茶碗造りは
長次郎へ傾倒した事に始まるという。

この茶碗は、
長次郎、楽家、光悦、高麗茶碗、国焼云々と
一巡して辿り着いた姿かもしれない。
 







追記: 2012.12.18

忙中の閑、
仲間内の茶会にて
「老松」が用いられた。

何気なく一服差し出された客は
触れた瞬間、予想に反した軽さから
驚きを隠せない。

玄々深々とした壱刻に過日を思い、
無事に年の暮を迎えることが出来た事を
感謝するばかりであった。
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# by otenkidaifuku | 2011-04-12 16:15 |

ふくら雀。

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師走の頃、
枯れた姿に我をかさね
ふと掌につつめば
愛らしさに頬がゆるむ。
 
「ふくら雀」のような
古瀬戸の水滴。
 
 
 さて。

年の瀬は近い
  
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# by otenkidaifuku | 2010-12-11 09:38 | 骨董

山田山庵 柿蔕茶碗

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何ともない茶碗である。

凝った桐箱に
『柿乃辺多風茶碗』としているのは山庵らしい。
あくまで雑多な柿の蔕茶碗“風”という事か

“写し”ではない。
“風”である。
 
伝え聞くに、山庵は楽茶碗においても
“光悦写し”といわれる事を嫌ったという。

昭和45年、
東京 壷中居にて高麗茶碗展を行っているが、
その頃に焼かれた数椀の内と思われる。

たとえ山庵を知る人であったとしても、
初見で、この茶碗を欲しがる人は少ないかもしれない。
 
 
しかし、この茶碗。

茶をたてると
むくむくと頭角を現す。
 
枯れた土肌は緋色を増し
茶の緑が冴えわたる。

広く深い見込みをのぞみ
高台も山庵らしい。
 
高麗茶碗は“何ともないもの”
しかし非凡な存在は、魅了してやまない。
 
この茶碗は、
おそらくソコを目指しているようだ。

H氏がかつて綴った
山庵の高麗茶碗へ対する記述は興味深い。

近年、多くの作り手が
姿かたち、土味や釉薬の再現にとらわれ、
全体の雰囲気や間合い、心を求める者は少ない。
 
喧噪を離れ日々研鑽した山庵の姿が垣間みえる
そんな茶碗である。
 
在りし日の茶席にて
主茶碗に隠れるように添えられた一碗。
 
亭主の遊び心が今も残る。

 



割愛して頂いた店主、
連絡をくれた同志に
この場をかりて感謝する

=追記=2011.8.11

高麗風の茶碗

高麗茶碗。支那茶碗と割然と分離した高麗茶碗。私の貧弱な茶歴、骨董趣味から高麗茶碗は高麗人としての民芸の極致として、私の脳裡に深く刻まれております。勿論 日本人としての私には到底及ばないことと覚悟しておりますが何とか その雰囲気を出したいと 大それたことを考えて 今回展覧にふみ切りました。
柿の蔕風のものを主として、それに ととや風のもの、そば風のもの等 全くへんな展覧でお目を汚すことと思いますが、是非キタンのない御批判を頂ければ幸甚でございます。 山田山庵

昭和45年10月28日(水)から31日(土)
午前9時〜午后6時 於 壷中居
高麗風 山田山庵茶碗展 より
※行間、文字使いママ。 
 
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# by otenkidaifuku | 2010-11-06 18:41 |

鎬盃。

  
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すっかり秋らしくなっても
まだ冷酒が恋しい。
  
『野分たちて
にはかに肌寒き夕暮れの程...

夕月夜のをかしき程に
いだしたてさせ給ひて
やがてながめおはします』
  
などと思い出しながら
やつれた盃で独酌。



器:伊万里 鎬
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# by otenkidaifuku | 2009-10-07 23:45 | 酒器

つり灯籠。

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秋風と蟲の音。
 
それから
秋の味覚に舌鼓。
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# by otenkidaifuku | 2009-10-05 22:31 | 骨董

山田山庵 赤茶碗

 
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山田山庵 赤茶碗
 
見込みにはムラムラと雨雲のような窯変が広がり、
銘のとおり『白雨』を思わせます
 
丸碗というよりは四方に成形され
高台は光悦『雪峯』風
石竹色とも薄紅色とも思える
淡く独特の発色を呈しており
山庵の多彩な作風を偲ばせます

私見ですが
昭和40年代頃か
円熟期へと移行する数少ないタイプと思われます 
 
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# by otenkidaifuku | 2009-09-21 23:14 |

盆を迎えて。

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いわずとも
今日は特別な日です。
 
数年前に恩師と友人らで訪ねた
『花瀬望比公園』の海岸で拾った石。


蝉しぐれと夏日の涼風を感じながら
アスファルトの道から離れ、田畑をぬける

やがて石灯籠に導かれながら松林をぬけると
紺碧の空と静かな碑が僕らを待っていました
 
『比島戦没者慰霊碑』
掃き清められた空間は
潮の香と神社に似た澄んだ風に満ちていた

碑を前に熱いもので胸が一杯となり
言い難い気持ちに思わず溜息がもれました
  
亡くなった祖父から聞いた話、
身近な方達から伺った事
沖縄、長崎や知覧などの資料館で得た事など...
この石を見る度に思い出します
   
世の幸せと平穏
未来に希望がありますように
 
 
『花瀬望比公園』
http://www.asahi-net.or.jp/~un3k-mn/rengo-hibou.htm

=追伸=
現在、山庵の茶碗を直しに出しています
戻り次第、御報告する予定です
 
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# by otenkidaifuku | 2009-08-15 17:40

山田山庵 黒茶碗

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喧噪からのがれ
ただ茶を喫する。

最後の一滴を吸いきると
洪荒とした空間が広がり
深い静寂で満たされる
 
碗を介して
我を振り返る。

なんと至らぬ事か

そう思い碗をかえせば
自由かつ力強い高台がある。
 
苦あればこそ...
はたと肩が軽くなった

作り手にも
同じような気持ちがあったのだろうか
 
この碗のように
厳しい優しさが伝わってくると
こちらも自然と嬉しくなる。





=山田山庵 略歴=
山田 惣吾 (山庵)
YAMADA SANAN
明治38年-平成9年(1906-1997)
栃木県生まれ。実業家。

東京国立近代美術館に
以下の作品が収蔵されている
・赤楽茶碗 銘:玉璞
 (現代国際陶芸展:京都国立近代美術館 1964)
・志野茶碗 銘:東天紅
 (個展:東京, 吉兆 1968)

-昭和9年(1934)
中村道年(名古屋)の窯場を訪問、
茶碗づくりに魅せられ、楽茶碗づくりを始める。
とくに長次郎の楽茶碗に傾倒する。
戦後より光悦風の茶碗を作り始める。

-昭和34年(1959)
東京日本橋壺中居にて初めての個展を行う。
その後、
不定期に数回個展を開くが
作品を売る事は殆ど無く、
売り上げは寄付されたといわれている。

-昭和63年(1988)
再び東京日本橋壺中居にて
個展『自選 楽茶碗』を行うが、
生前最後の企画展となる。
 
山田山庵は、
陶芸家ではなく実業家の数寄者であった為に知る人ぞ知る存在です。
関連書籍として晩年に出された私家版 『自選 楽茶碗』があり、寄稿には松永耳庵をはじめ各界の著名人が名を連ね、その人柄を偲ばせます。しかし作家ではない故に氏に関する資料は少なく、その全容は未だ知れません。また、日々手すさびに興じたとされますが、世に残すは百に1つあるかないかであったそうです。氏の作品は安易に人手に渡る事も無く、ごく限られた範囲で出回ったにすぎなようです。
 
私は氏を私淑してやまず、
この場に公開する事で少しでも反響がある事を願います。


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# by otenkidaifuku | 2009-07-01 10:00 |

パナリ。

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パナリの壷
沖縄八重山諸島で焼かれた土器で、
島をパナリ(方言で「離れ」という意味)
と称することからきているそうです。

大きさは、小さめのスイカくらい。
日本民藝館にも兄弟がいます...
 
高校生の頃、好事家のお宅へ伺った際
玄関で花の生けられたパナリの壷に魅せられ
我を忘れてその場に立ちすくんでしまいました。
 
それ以来、方々で探してみるも
出会う事無く歳月ばかりが過ぎ、忘れかけた頃。
新潟でフラリと入った骨董店の片隅に眠っていました。
 
今では我家で『のほほん』と寝そべっています。 
パナリに初めて出会ったあの日、
何処に惹かれたのか
理屈なんて忘れてしまったけれど
   
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# by otenkidaifuku | 2009-05-25 12:57 | 骨董

はじめまして

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はじめまして
とあるブログに書込みたくて始めてしまいました。
まだテストブログです◎
ご迷惑を御掛けするかと思いますが、宜しくお願い致します
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# by otenkidaifuku | 2009-05-12 16:36 |